家族葬でよかった

母が亡くなったのがAM3時、

その日は、階にいる当直の看護師さんはお一人という事で、

暫くは付き添い可という事になる。

帰るにしても真っ暗な中だし、急ぐ理由もない。

妹と二人、母に付き添っていると、30分くらいして、看護師さんが戻ってきてくれた。

これから、母を清めるという事と、医師からの死亡診断書の受け取り、

葬儀等、決まった業者があるのか?という確認があった。

母が入っていた互助会があるので、そちらに連絡を入れるようになっているという事を妹が説明。

一旦、帰宅する事になる。

施設の外に出るも、真っ暗。住宅地のはずれで周囲には何もない。街灯はあるけど、暗い。タクシーが来なければ、ここを歩いて帰る事になる。ちょっと危ない?というので、とりあえず、タクシーGOを使ってみる。なかなか捕まらず、さすがにこの時間じゃ無理?と、妹が携帯のランプ調整していたら、タクシーと連絡が取れた。寒い中10分ほどでそのタクシーが来てくれたので、暗闇を歩かずにすんだ。

施設や葬儀の打ち合わせまで、数時間しかないけど、とにかく寝ようという事になる。

数時間後には、施設で死亡診断書を受け取らないといけないし、

葬儀社の人との打ち合わせもあるはず。

数時間、横になっていたけど、眠れた気がしない。

施設には妹が自転車で行ってくれて、葬儀の打ち合わせは午後からになった。


母は葬儀は3人で旦那さんが無理なら2人でと言われていたので、

家族葬という方向で進めてもらう事にする。

母が互助会員で家族葬となると選べるプランは2つくらいなのですんなり決まる。

後は祭壇の花をどうするかとか、

棺桶・骨壺のグレードをどうするかとか、あと、オプションでするか、しないか?選べる事があったりとか、父の時よりもシンプルで悩む事がなかった。

支払った料金のうちの半分は母の積み立て分で賄えた、主に祭壇などのプラン料金。

のこりの内訳はオプション料金やホールの使用量、

人件費(当日の司会者と専属でついてくれるスタッフさん)、お寺へのお布施など。

お寺は戒名をつけてもらうとなれば、通常のお布施に追加料金が発生するのだろうけど、

母は生前に戒名をつけていたので、卒塔婆に戒名を書いて貰う料金がお布施+で必要だった。


お布施に関しては、金額が決まっているらしく、葬儀社のほうから、金額が伝えられた。

金封筒等もすべて用意してくれたので、その通りに紙幣をいれて、

当日はかかりの方の案内で僧侶の方に挨拶、その時にお布施等を渡す。

悩まなくても、渡すタイミングから金封筒をのせるお盆まで用意されていたので、

いたせりつくせり。

家族葬だったので、専用のホールで、お通夜から葬儀まで移動する事なく済ませられた。

ホール内には、シャワー室、流し、レンジ、ポット、冷蔵庫、寝れるスペースがあって、

お通夜の時はスタッフさんが撤収した後は鍵をかける事になっている。

ホールの入り口にはチャイムもあるし、内線電話もある。

その晩は何とか寝ないと、次の日、しんどいというので、

横にはなったけど、そんなに眠れるものでもなく、横になったという感じ。

当日はスタッフさんが出入りするので、早めに起きて、買ってきたパンを食べていると、

チャイムがなる、ここで旦那さんが到着。

焼き場が満杯で葬儀が1週間後になったのが幸いし、

何とか当日に間に合った。

スタッフさんから声がかかったので開錠。

3人しか列席してない葬儀なので、何事もなく終了。

出棺の時間になる。本来なら、親族が棺を運ぶところだけど、

3人しかいない。なので、霊柩車ではなく、ストレッチャが使える車両になった。

ストレッチャで車に乗せる直前にスタッフさんにも手伝って貰って車に納棺した。

斎場が目の前なので、私たちの移動はどうするか?という事だったのだけど、

バスを仕立てるほどでもなく、タクシーでという話になりかけたのだけれど、

スタッフさんが問い合わせると、?というくらい高額料金だったので、

歩かれたほうがいいかもですねという話になる。

当日は寒かったけど、お天気は良かったので、3人でてくてく歩いた。

斎場についたところで、初七日法要のお経をあげてもらい、母の棺は焼却炉に。

棺の中には妹がお守りを私は手紙を入れた。読んだのかな…。

お骨を拾うまでには1時間あるので、その間に精進落としの食事をとる。

食後はいよいよ、お骨拾い。

焼き場の担当者の人が、一通り骨の説明をしてくれる。

そのあとも、指示してもらいながら三人で黙々と骨を拾っては骨壺に入れていく。

三人だと、集中できるなあと。

父の時、親族の人数が多かったという事もあって、押し合いへし合いみたいな感じで、

私の横には伯母の一人がいて、私を突き飛ばしたという事があって、

いろんな意味で悲しかったけど、

今回は最後まで静かにひとつひとつのお別れの儀式をやれたという意味でよかったと思った。

他から、お別れさせてくれないという文句も来そうな気がしたけど、

今回は弔事が重なってしまって、母方からは家族葬に関しては何も言われなかったし、

父方は親族が高齢だったり、母は義理の親族という事もあって事後連絡でも何も言われなかった。父の時はすべて連絡する事は無理で、私たちが知らない親族から後日嫌味を言われたりとか、いろいろあった。

早くなくなったという事もあるのだろうけど、

そういう意味でも母は大往生だったのだと思う。





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